6.恩返し(ごんぎつね)
原作:新美南吉 「ごん狐」
ごんの幸せを願って……
兵十は、きつねのごんがまたいたずらをしにきたと思い込み、ごんを火縄銃で撃ち倒してしまいました。しかし、そのあとで、栗やきのこを兵十の家に届けてくれていたのは、ごんだとわかったのです。
兵十は、倒れたごんに駆け寄り、そばにしゃがみました。
「おまえとは思わなかった……」
ごんは目を閉じてぐったりしています。兵十はそのまましばらくの間、ごんを見つめていましたが、ごんをそのままにしておき、いったん家へ入りました。しばらくの間、家の戸口からそっとごんの様子をうかがっていましたが、彼は全く動きません。
兵十は、チッ、と舌打ちして再びごんのところへ戻りました。
「あやまるなら今だぞ。きちんと詫びるなら許してやってもいいぞ」
返事はなく、ごんは動きません。
「おい」
「……」
「返事なしとは、おまえはやっぱり死んだんだよな? 何があっても動くことなんかできねえはずだな」
兵十は、すばやくごんから離れ、土間に置いてあったわらをひとつかみ持ってくると、ごんの鼻先へ向けました。
「いくぞ。覚悟はいいか? 手加減はしねえ」
「……」
兵十はにやりとわらうと、わらを動かしました。わらの先がごんの顔をくすぐります。
こちょこちょ……
「……っ……」
「なかなかやるな。これでも動かねえとはいい根性だ」
ごんの鼻先が少し動いたように見えましたが、それでもごんは横たわったまま目を閉じています。
さらに、こちょこちょの追加。
「いいかげんに起きろや。いつまで死んだふりしてんだよ。弾、当たってねえだろう」
「っ…………」
「起きろよ、こらぁ」
兵十はわらをごんの鼻へ少しだけ突っ込みました。
「ハックショーン!」
くしゃみをしたごんはぱっと起き上がり、逃げようとしたので、兵十はすかさずしっぽをつかみました。
「おっと、逃がさねえぞ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません。お許しください」
「いたずらにもほどがある。魚を勝手に投げ込んだりしたのもそうか」
「迷惑がかかるとは思わなかったんです。うなぎを盗んじゃったこと、本当に悪いことをしてしまったと思っておわびに――」」
「わびだと?」
「自分のせいで、兵十のおっかさんがうなぎを食べられなかったから……」
兵十が、まゆ毛をピクリと動かしてごんの顔をまじまじと見ると、ごんは申し訳なさそうに頭を下げました。
「おふくろのことをどうして知っている?」
ごんはこれまでのことを説明すると、兵十の怖い顔が少しやわらぎました。
「ふーん、そういうことだったのか。本当に反省しているんなら逃げるなよ。おまえ、けがはないな?」
「へい……」
兵十はつかんでいたごんのしっぽを放してやりました。
放したものの、ごんをどうしてやろうかと考え、いい案を思いつきました。
「じゃあ、おすわりだ」
「は?」
「聞こえなかったか? そこへ座れ。お・す・わ・り」
ごんは言われたとおりに腰を落としておすわりの体制をとりました。
兵十はごんを正面から見下ろし、がまんしていた笑いを爆発させ、腹を抱えて大笑いしました。
「おまえは本当に……もう少し頭を使ったらどうだ。おまえが持ってきてくれたマツタケとかよ、ひでえ傷ものだったぞ。おまえの歯型とよだれだらけで、気持ち悪いんだよ。あんなの食えるか!」
「……それは……すんません」
「わびたい気持ちを示すなら、もう少しましな方法があるぞ。いいか、これからおれの言うことをよく聞け」
◇
それからは、兵十は毎日ごんを連れて、近くの里山に入りました。道のない山の中をごんに案内させます。
「ここ掘れ、コン」
「ここだな。よし、そこをどけ」
兵十は、ごんが見つけたマツタケをていねいに掘り出しました。
「これはなかなか大きいぞ。よくやった」
ごんが得意そうにおおきなしっぽを振ると、兵十はよしよし、と彼をなでてやりました。
兵十はその後、とれたマツタケで大儲けし、マツタケ長者と呼ばれるようになったとのこと。彼のそばにはいつもキツネそっくりの忠犬がいた、と現在に伝えられています。
おしまい。
<前話に戻る 目次 >次へ