おふざけ二次創作集

4.鏡の男(白雪姫


「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この世で一番きれいなのはだあれ?」
「それはお妃様、あなたです」
「きゃ〜、うれしい。もう一度言って、お願い、お願いよ」
 王妃の声は、今日も自室に響きます。

 ある日、数人の侍女たちが、待機部屋でそのことを話題にしていました。
「不気味なのは、一人で鏡の前で笑っていることよね。王様に報告した方がいいかも。お妃様がもっとおかしくなられて、あたしたちに、やつ当たりされても困るし」
 侍女たちは、王様にお妃のことを報告することにしました。

「……まことか? 余の妃の様子がおかしいと申すか」
「おかしいというか、あの、おひとりで鏡に向かって笑っておられます」
「それは、王族としての微笑みの練習であろう。問題はあるまい」
「それがですね、おひとりなのに鏡の中から声がするのです」
 王様はこの報告をなかなか信じてくれませんでしたが、侍女たちの熱心さに、とうとう重い腰をあげました。
「ならば、直接この目で確かめてやるとしよう」

 王様は、その翌日、妃が鏡の部屋を出た隙に、一人で忍び込み、家具の影へ隠れていました。やがて用事を済ませた妃が戻って来ると、王様は彼女に気がつかれないように、ぴたりと家具に張り付いて、息をひそめました。妃は、戻って来るなり、まっすぐに鏡へ向かうと、話しかけました。
「鏡よ、鏡。この世で一番きれいなのはだあれ?」
「お妃様、それはあなたです」
「きゃ〜うれしい。もっと言って! もっと、もっと、何度でも」
 王様は、うっかり声を出しそうになって、自分の口をおさえました。鏡から確かに声がするではありませんか。しかも男の声です。腹話術を使っているようには見えません。お妃様は、鏡の表面ををいとおしそうに撫でると、鏡の両端に手をかけて、鏡を壁からはずそうとしました。
「何をしておる」
 突然の、背後からの王様の声に、お妃様は飛びあがりました。
「あ、あなた……」
「鏡をはずして何をする気だ」
「ちょっと鏡を磨いていただけです」
「今見ていたぞ。男の声がこの中からしていた。どけ! 調べてやろう」
 王様は強引にお妃様をどかせると、自分の手で鏡をそっと持ち上げてはずしました。
「おお!」
 鏡が外された後の壁には、大きな穴が。そして、その先には、下へ向かう階段が続いていました。
「なんだ、この階段は」
「非常用の抜け道ですわ。ご存じなかったのですか?」
「余は知らぬぞ。このような抜け道など」 
 王様は、燭台を手に狭く急な階段を、そろり、そろりと降りて行きました。階段を降り切ると、そこには小さな扉がありました。王様が、剣を抜いて身がまえながら、扉をパッと開けると――

「あ!」
 声を挙げたのは、中にいた若い男でした。窓のない小さな部屋の中、室内には燭台が灯されていました。粗末な木の机と椅子だけしか置くことができない狭い部屋。そして、そこにいたのは、この城では誰もが知っている顔。王様は、男をにらみつけて声を荒げました。
「ここで何をしておる!」
 城主である王様ですら知らないこの隠し部屋に潜んでいた男は、王様の剣幕に押されて、じりじりと壁際に追い詰められ、真っ青になっていました。王様は苦々しげに、男に話しかけました。
「そなた、どうやってここへ入ってきた」
「こ、この壁の向こうの隠し扉からです」
「我が妃の命令か」
「ち、ち、違います」
「こんな場所で何をやっておる」
「私は頼まれて、王妃様を元気づけているだけでございます。お許しください」
 男はひざまずいて、王様に深く頭を下げました。
「鏡の後ろで声を出していたのはおまえか」
「はい……」
「むむ……ちょっと謁見室へ来い。妃も呼んでまいれ」

 ――謁見室。
 王様はイライラとした様子を隠しもせず、三人にかわるがわる目をやりました。王妃、娘の白雪姫、そして、先ほどの小部屋にいた白雪の夫である、隣国の王子。三人は、玉座に座っている王様の前にひれ伏しています。王様は目を吊り上げ、唇をまげて玉座にふんぞり返っています。
 重苦しい雰囲気に、白雪姫がとうとう泣きだしてしまいました。
「お父様、申し訳ありませんでした。私が全部悪いのです。お母様は、おひとりで鏡と話すことがお好きなので、話相手が欲しいだろうと私が勝手に考えて、彼に頼んだだけです。前に隠し部屋を見つけて、それがお母様の鏡の裏とつながっていることがわかったものですから」
 王様は怖い顔のまま三人を見ていましたが、ため息をついて、「もうよい、下がれ」と小さな声で言いました。王子と王妃がどういう関係なのか深くは追及しませんでした。若くたくましい王子に、自分の妃の心が動いてしまったのではないかと、邪推が胸を締め付け、苦しくて座っているのもやっとだったのです。

 王子と共に自分たちの部屋へ戻った白雪姫。仲よく手をつないで部屋に入った二人でしたが、扉を閉めるなり、パッと手を離しました。
「どうせ、今すぐにお母様のところへ行くんでしょ? さっさと行っていいわよ」
「ああ、言われなくても行くさ。王妃様は私を待っておられる。きっと、通路が見つかって落胆なさっておられるだろう」
「まったく、女なら誰でも構わないのね。私、知っているのよ。あなたとお母様がどういう関係なのか。お母様を慰める鏡の声をやっているだけだと思ったら、とんでもない」
「君がこんなに口うるさい女だとは思いもしなかったね。だまされたよ。いちいち私の行動を監視しないと気が済まないのか? 義母のところへ行って、落ち着かせるようにと私に頼んだは君じゃないか。自分勝手すぎるだろう。君と結婚したのは間違っていた。今さら離婚はできないからこの城にいてやるが、君なんか愛する気にならない」
 王子は、壁にかかっている縦長の大きな絵をはずすと、そこに現れた秘密階段を下って行きました。それは隠し部屋へつながっており、そこから、上って行くと、鏡の裏へ出るのです。
 王子の姿が見えなくなると、白雪はわっと泣き崩れて、寝台へ体を沈めました。
「酷いわ……私を愛しているって言ったくせに、こんなに簡単にお母様に心変わりしてしまうなんて。お母様は私を殺そうとしていたのよ。だから、また私を狙わないように、魔法の鏡を密かに取り換えて、彼に鏡の声役を頼んだだけなのに……」

 王子は秘密の階段から王妃の部屋へ上がって行きました。物音がすると、王妃は、パッと顔を輝かせて、鏡をはずし、王子を招き入れました。
「待っていたのよ。さあ、嫌なことは何も考えずに、いつものりんごジュースをお飲みになって」
 王子は差し出された飲み物を笑顔で受け取り、ぐっと飲み干しました。
「ああ、おいしい。いつもこれを飲むと幸せな気持ちになる。愛しているよ……」
 王子は頬を染めながら、王妃の肩を抱き寄せようと近づきました。
 ――が、突然膝が折れたように、カクンと前に倒れて、その場で眠ってしまいました。
「ククク……おばかさん。あなたがここへ通っていたことが王様にばれてしまった以上、あなたとは遊べないのよ。もう許してあげるわね、かわいそうな王子様。この特製りんごジュースで、私と遊んだことを忘れて、正気を取り戻して、白雪のいい夫になってちょうだいな。白雪は泣いてばかりで、すっかり醜い顔になったわ。ふふふ、世界で一番美しいのはやはり私……魔法の鏡なんかなくても、構わないわ。単純な王子様、楽しかったわよ。後で、王様と白雪にも薬を飲ませましょう。あなたと私の関係を疑う心を消すために」

 それから、何ヶ月か過ぎました。その日は、国中が喜びに湧いていました。
「おめでとうございます!」
 国民たちは、バルコニーに現れた二組の夫婦に心から祝福の言葉を述べました。王様とお妃様、白雪姫とその夫の王子様。お妃様と白雪姫の腕には、それぞれに小さな赤ん坊が抱かれていました。
「王様、お世継の王子様と、孫の王女様が同時期にお生まれとは、おめでとうございます」
 王様は、にこやかに手を振り、歓声に応えました。赤ん坊たちの父親は、実は同一人物だと知っているのは、王妃一人だけでした。
 
 おしまい


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お読みいただきありがとうございます。変な話でごめんなさい(汗) 王妃の子、白雪の子、W出産。ちょっとわかりにくかったかな。父親は同じ^^;