2. 


 数日後、綾が幹雄の原稿に手を入れたものを仕上げてきた。
「えへへっ、幹雄君の作品、大改造しちゃった。トマトを女にして、三十枚に増量したよ」
 梳いてある前髪の下の目がいたずらっぽく輝き、座った拍子にポニーテールが踊る。
「俺のあのネタで三十枚って……何を入れたんだよ」
 どれどれ、と部室にいた幹雄、日南子、巧の三人は、印刷された原稿に集まる。

「ぶっ……」
 読んでいる途中から、全員が噴き出した。特に幹雄は涙が出そうなくらい大笑いしている。
「ちょっ、マジで……これ、やばくね? レーティングは大丈夫か。十八禁は駄目だって募集欄に書いてあったよな」
「別に問題ないでしょ。だってトマトの話だよ? 直接の性的表現はないから、募集の規定に違反していないはず。妄想深読みするとエロいかもしれないけど」
 綾がしれっと言い返す。巧も、おぉ、と唸った。
「エロいっすよ、綾先輩。ヘタを取られる辺りなんか、まるで女のパンツが脱がされたような……この『ヘタをめくられて、あっ、と思った瞬間にやさしく引きはがされ』ってところなんか、妙にぐっときますよ」
 日南子も「やだこれ」と言いながらも大きな目で食いつくように作品を読み、ベタ褒めした。彼女は、すでにこの公募用の長編作品を仕上げていたが、王子様が貧乏娘に熱烈な恋をするというありがちなもので、部員たちには不評だった。
「綾ちゃん、すごい。あたしが書いたのより斬新で、こっちの方が強そう。トマトなのにエロさを感じてしまう書き方、上手いなあ。ここの『ヘタを取られた私は、もう隠すものがなく』って表現、服を脱いじゃった感がたっぷりだよね」
「だからレーティングがやばいってさっきから俺が言っているじゃないか」
 幹雄が同意を求める。
「読みようによってはエロいけど、レーティングについては、どうなんだろう……あたしは綾ちゃんが言うように、トマトの話なんだから年齢制限にかかることはないと思うよ。具体的に細かく描いているわけじゃないし」
 綾はそんな会話を聞きながら、涼しそうに片手でうちわを仰いでいる。日南子はしきりにほめる。
「こうして考えると、トマトってエロかわゆいよね。ヘタを取れば、その下のおしりっていうか、根本の部分も見えちゃうんだもん。この作品は、そういうところを細かく描写していないのに、読者に想像させる力がある。食べられるところまで恥じらいがにじみ出ていて、トマトって食べちゃいたいほどきれいでいじらしいなあって思った」
 日南子と巧の反応に、幹雄は苦笑いして両手を挙げて降参のポーズをとって見せた。
「負けた。完敗。俺のしょぼいネタを三十枚のエロコメディにするなんて、まいった。その作品、綾ちゃんにあげるから、そっちの住所で応募しろよ」
「いいの? そう言ってくれるんなら、私のペンネームで出しちゃうよ。入賞賞金は約束通り山分けってことで……って言っても、残れるとは限らないけどね」

 幹雄が作った超短編『トマトの情熱』は、綾バージョンをさらに改稿し、綾の住所を連絡先にして送った。他の二人はそれぞれに長編を提出して、雑誌での発表を待つことになった。


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