妄想物語6
※この作品は企画「同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか」に提出したものと同じです。企画内の拙作掲載場所はこちら。冒頭から「気付いた」までは企画の方で作られた部分です。企画の方には題名は付いていません。
「暑い日に散歩したら」
たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
俺は思わず口元をゆるめてしまった。
「誰か」ではなくて、なんだ、いつも見ているやつじゃないか。チキンを売りとしている店が置いているおじいさん人形だ。
どうせ人形を見せてくれるならば、かわいいギャル人形がいい。受験勉強に疲れている浪人生の俺を心から癒してくれるような。本音を言うならば、人形でなくて本物の女の子の方がもっといいのだが。
そんなことを思いながら、整備された歩道をさらに歩く。汗ふきタオルを持ってくるべきだったと悔やみながらポケットを探ると、ハンカチもないことに気が付いた。戻る気にもならず、そのまま歩を進める。
エアコンが壊れている室内にいるよりも、外の方が涼しいと思い、気分転換に散歩しようと思ったが、外を歩いてみると、予想以上の暑さだった。アスファルトの熱風が足元から湧き上がる。まるで、点火したフライパンの上を歩いているような気分だ。
目に入る汗が痛い。とりあえず、駅の前にある自販機まで行ってジュースを買ったら帰ろう。目標を決めて足を速める。これでは熱中症になりそうだ。
もしも、俺が熱中症で倒れたとき、どこかのミニスカ女性が駆け寄って俺を抱き起してくれたら。
それで、その女性がすごく美人で、胸があって、ウエストが細くって、声が可愛くって、髪がさらさらとして……で、俺たちはそれをきっかけに恋人同士になる、なんてことがあったとしたら。
おお、俺の理想の美女がこっちへ向かって歩いてくるじゃないか。涼しそうな肩出しのキャミがいい感じに体に張り付いて、胸が大きそうなのに腰が細い素敵なボディラインがまぶしい。彼女とあんなことやこんなことができたら――
ヤバイ。本当に頭がいかれてきた。マジで熱中症っぽい。頭が痛い。口が渇く。早く駅へ。
――という過去が、俺の今につながっている。
あれから十年。
あの日、俺を助けてくれた女性が夢のように妻になってくれた。
彼女はただの通りすがりだった。彼女の素敵な胸元を見て興奮し、炎天下で鼻血を出して困っていた俺に、憐みを浮かべた顔でティッシュを差し出してくれたのが彼女だ。ポケットティッシュだけでは足りず、ハンカチまで借りてしまったことが俺たちの交際の始まり。彼女と付き合いたくて鼻血を出して見せたわけじゃないけど。
暑かったあの日の散歩。がんばって歩いたおかげで、当時の俺には最高の女が釣れたのだ。
「ごはんできたわよ」
妻の声に、新聞を読んでいた俺は顔を上げた。
そこにはむくむくと太って頬が垂れ下がりそうな妻が、幸せそうに笑っている。
彼女の振袖のような腕は、歩くたびにブヨンブヨンと揺れる。
この十年で、彼女のスタイルが激変してしまったことは非常に残念なことではある。でも、そんな俺も腹がぽっこりと……。
ま、いいか。
もう少し涼しくなったら、二人でダイエット散歩でもするとしよう。
了
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読了ありがとうございました!