妄想物語5

妄想物語5

※ブログの方で2009/12/22に掲載したバトンより【Q10: 朝、突然親に「勇者よ、起きなさい。貴方は今から魔王を倒しに行くんですよ」と言われた!どうする?」】の質問より妄想してつくったお話。ここに出てくる名前などは実在の方とは何の関係もありません。 

     「おまえは勇者だ!

「いいかげんに起きなさいよ。いつまで寝てるの」
 肩をたたかれた息子は目を開けた。母親がベッドの横に立ち覗きこんでいる。
「なんで起こすんだよ。今日は学校休みだって言っただろう」
 息子は母親に背を向け、毛布を引きあげて顔を隠した。
「起きなさいって言っているでしょう。仕事よ、仕事」
「うるさいなぁ。今日は大学は休みだって」
 母親は息子の毛布をバッとめくり、低い声でささやいた。
「よいか、今からそなたの運命を告げる。そなたが今日やるべきことは――」
「なんだよ……ばかばかしい。また勇者かよ。勇者になって魔王を退治する為に起きろとか言う気だろう。もう、そういう起こし方、やめてくれないかな。いい歳してなにやってんだ。冗談には付き合わない」
「起きるのじゃ」
「うるさいって。本当に眠いんだ。寝かしといてよ」
「ふふふ。そうはいかない。勇者は起きて平和の為に戦うのじゃ」
 母親は声をたてて笑いながら、毛布にくるまろうとする息子から強引に毛布をはぎ取った。
「やめてくれよ。毛布を返せ」
 息子は、むっとしながら、上半身を起こした。母親は、息子の怒りをものともせず、目が笑っている。
「おお勇者よ、よくぞ目覚めた。その目付き、おぬしはやはりただものではないな。ようし、これをさずけよう」
 母親は、手に持っていた服を、ベッドの上に、ホイと広げた。息子は不快そうに眉を寄せた。
「なんだよ、この服。これを着ろってか?」
「なかなか良いであろう。やっと手に入れたアイテムだから、売ってはいけないぞ、勇者よ」
「もう、母さんのゲームかぶれにはまいる。これ、わざわざ買ってきたのか? こんなもんに金かけて、もったいない」
「勇者よ、そのようなことを言っていると、罰があたるぞ。とっととそれを身につけるのだ」
「……母さん、もういいって。そんなに言うならすぐに起きるからさ、朝っぱらからこのノリ、やめろって。勇者シリーズ、飽きたよ」
「勇者ならば、そのような気弱なことを申すでない。頼む、身につけよ」
「人の話を何にも聞いてないだろう。どこでこれ見つけて来たんだよ。父さんに見せたのか?」
「魔王様には、きちんと話を通してある。魔王様は、ご満足だった。それを身につけて、魔王様に謁見するのだ。あちらでお待ちじゃ」
「何言ってんだよ……よくもまあ、そんなばかばかしいことばっかり思いつくなあ。ついこの前、変な剣のおもちゃを買ってきたばかりじゃないか。こんな怪しい服、誰が着るかよ」
 息子はベッドの上に置かれたその服に、目をやった。母親は目を輝かせてそこに立っている。彼がそれを身につける瞬間を心待ちにしているのだ。息子は、寝起きでぼさぼさの頭をかきむしった。
「いやだって」
「だめじゃ。それはこの世に一つしか存在しない貴重品なのじゃ」
「そうかい。また自分で作ったのか。で、材料費にいくら使ったんだよ。貧乏だ、貧乏だって、いつも言うくせに」
「勇者は他にもっと考えねばならぬことがあろう。小さきことは頭から放り出すがよいぞ」
「母さん、ホントに、魔王っていうか、悪魔に近いな」
「私は賢者だ。魔王ではない。ふっ、ふっ、ふ……」
 母親は、笑い声をわざと切っている。
「はいはい、賢者ね」
「さよう、賢者」
「自分でそれ言うか。そのうち、家出してやるぞ」
「勇者よ、ようやく旅に出る気になったのだな。それでこそ真の勇者。勇者の運命はすでに決まっているのだ。魔王様もお喜びになるであろう」
「母さん、普通さ、勇者は魔王を倒す役じゃないか。なんで、魔王が喜ぶんだよ」
 その時、息子の部屋の扉が開き、父親が覗いた。
「おはよう、勇(イサム)。どうだ、おそろいだぞ」
「とっ、父さん、着たのかよ!」
 入ってきた父親は、母親が持ってきた衣装とほぼ同じものを身にまとっていた。父親は、母親と顔を見合わせると、嬉しそうにうなずき合った。息子は苦笑いして、目を伏せた。
「はっ……わかったよ、協力すればいいんだろう」
「そうよ、イサム。わかってくれたのね。さあ、着てみせて。父さんとすぐに出発してちょうだいな」
「は〜い……わかりましたよ、賢者様。勇者は全力を尽くします。必ず生きて戻ります。――こういうセリフで満足か?」
「ふふふ、イサム。起こしてごめんね。せっかく冬休みだから、イサムにもがんばってほしいのよ。世界が滅びるかどうかの運命がかかっているんですもの」

 朝食後。
 勇者こと、勇(イサム)と、その父親は駅前にいた。二人はおそろいの服を身につけている。
 頭には、トナカイの角の生えた帽子。それは、百円ショップのワッチ帽を加工し、フェルト地の茶色い角がつけられている。肩から足首までさがる赤く長いマント。その背には「勇者」の文字が金のテープで張り付けられている。
 首元は白いタオル地のマフラー。腰にはおもちゃのプラスチック製の剣。腰にまいている太いベルトには、フェルトを切って描いた魔方陣が、目玉のように付けられている。トナカイと、サンタと、勇者を組み合わせたスタイルだ。
 マントは背中方面しか覆っていないし、勇者ベルトの下は、普通のセーターとジーンズなので、どう見てもかっこよくはない。
「父さんはこの格好、なんとも思わないの? 僕はいやだ。いつもいつもこんなのばっかり。どうせなら、普通のサンタの方がよっぽどいいじゃないか」
「まあ、それを言ってしまうとおしまいだ。気にしない方がいい。せっかく母さんが考えて作ってくれたんだから。やっぱり母さんは賢者だよ」
「作れって頼んでないよ。それに、このマント、よく見たら父さんたちの部屋のカーテンじゃないか。こんなに切っちゃって使えないだろう。とにかく、趣味が悪すぎる」
 イサムは、赤いマントを引っ張って、眺めた。もともとカーテンなので、よく見ると、細かい花柄の地模様が入っている。
 イサムは軽いため息をついた。
「イサム、どうした。勇者はそんな顔をしてはだめだ。このおかげで、うちには取材が来て、多少利が増えるんだ。さあ、電車が来た。勇者の仕事をしろ。チラシを配ってうちをアピールするぞ」
 電車から人がぞろぞろ降りて来る。イサムと父親は、手に持っているチラシを、人びとにさしだした。
「そこの勇者書店です。本日クリスマスセールにて、書籍を五冊お買い上げいただくと、五冊目が何と半額になります。よろしくお願いします」




      了
 <4へ戻る    ホーム    >次へ