3.
やがて、時刻は午後十時を回り、台風の暴風雨圏に完全に入った。強風で家全体がミシミシ揺れる。
雨は多少小降りになったが、風は恐ろしいほど強い。雨戸を閉めていない居間のガラス戸のすき間から強風が入り込んでいるようで、窓を開けてもいないのに、カーテンが軽く揺れ動いている。
「あの河童、まさか、まだいるってことはないよね……」
河童がいないなら雨戸を閉めたい。
緊張しながら、ゆっくりとカーテンを開け――
「きゃあああ！ ちょっ！」
「中へ入れてくださいよ」
「なんでまだいるのー！」
「よかったです。見捨てられたかと思っていたんですよ。僕を信じてください。食べたりしませんから」
「それは無理だってさっき言ったでしょ。そんなかわいい目をしてもだめだから」
再びカーテンを閉めた直後。
「ぐわっ！」
ガラスが割れる音と共に、河童が悲鳴をあげ、友香はまたカーテンを開けることになってしまった。
ガラスの外には河童が倒れていた。すぐそばにはどこかから飛んできた折れた木の枝。人のこぶし二つ分ほどの穴が開いたガラスから強風が吹きこみ、濡れた木の葉が室内へ舞い込む。
友香は慌てて、ソファの上にあるクッションを取り、それで穴を押さえた。
ガラスが割れてしまった。これでは河童が入って来そうで怖い。河童が気絶しているうちにさっさと穴を修理しよう。こういう時に家族がいないのは困る。とりあえず、ダンボールとガムテープを用意するべきだ。
ダンボールはたしか二階の押し入れにあったと思う。ガムテープはどこだったか。
割れた窓をクッションで押さえながら考えていた矢先、プツン、と音がして、辺り一面が闇と化した。玄関先にある電柱についている街灯の灯りすら見えない。
どうやら、強風でどこかの電線が切れてしまったらしかった。
「うわっ、停電？ 今、だいじなところなのに。もうっ！」
仕方なく、割れた窓を押さえていたクッションから手を離し、足元に気を付けながら、ゆっくり移動し、テーブルの上に用意した懐中電灯を手探りで取った。
カーテンが大きく膨らんでバサバサ音を立てる。割れたガラスのすき間から、風雨が入り込んでくるのが肌でわかるが、どうしようもない。すぐ外には河童が気絶している。あれが正気に返って家に入ろうとする前に修理を終えたい。
早くしなければ。ゆっくり考えている暇などない。
懐中電灯を手に、大急ぎで二階からダンボールを持ってきた。
「ガムテープは……えっと……」
ダンボールをそこに放り投げ、次は台所へ。食器棚の横に置いてある三段引き出し家具の中を探る。暗くてよく見えない。早く、早く、と気ばかりせいて、よけいに見つからない。適当に手を突っ込んでいたらガムテープらしい丸い物体に行き当たった。
「あった！」
これで割れガラスを一時的に補修できる。
大急ぎでダンボールの場所へ戻る。
「あれ？」
置いた記憶のある場所にダンボールがない。
部屋に入り込んだ強風で、新聞と広告などが散乱し、埋もれてしまったか。
あせりつつ、懐中電灯で室内をぐるりと巡らせる。
「ダンボールがない」
「ここですよ」
窓の方から河童の声がした。
懐中電灯で照らすと、謎の河童が先ほど持ってきたダンボールを、ガラスが割れた部分に押し当ててくれていた。
「あ、ありがとう……って、なんであんたがうちの中に入って手伝ってくれてるのよ。ついさっきまで気絶していたのに」
「木が飛んできてびっくりしただけです。ここは手伝いが欲しいと判断しました。あ、誤解のないように言っておきますが、僕がガラスを割ったわけじゃないですから」
「わかってる」
「そこの木が折れて飛んできました。お困りでしょうから、僕が押さえていますから、さ、早く、固定してください」
「う、うん。なんか……あんた、キモイけど助かる」
このさい、河童でもなんでもいい。猫の手も借りたい場面だから、河童に手伝ってもらい、ダンボールを割れ窓に貼り付け固定。ガラスの応急処置、終了。
ほっとしたけれど――
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