宇宙たまご  SF、約12枚、完結


 兄弟の彼らは、両親が残した宇宙船を使い、二人で宇宙のゴミ集め屋をやっている。
「おい、起きろ。レーダーに反応ありだ」
 宇宙船内の運転席、計器を見ていた兄が、隣の席で眠っていた年若い弟をつついた。彼らは十歳違いの兄弟で、数年前に両親が死んでからはずっと二人でこの仕事をしてきた。
「トパーズ、まだ眠いのか? いいかげんに起きろよ」
 隣でうたた寝していた弟が、眠そうに茶金色の短髪をかきむしり、名前と同じトパーズ色の目を開いた。
「ん……いい宝があったの?」
「見ろ。結構でかいぞ。この先にがっつりもうかりそうな浮遊物がある。速度も遅い。あれなら追いついて捕まえられる」
 船長と操縦士を務めている兄のグリムドは、レーダーを見つめながら青い目を輝かせた。このところ大きな宝には当たっていない。

 西暦2088年、宇宙を漂う過去のゴミが宇宙開発をさまたげ、大問題となっていた。古くなって動かない人工衛星、実験用宇宙ロケットなど、宇宙開発時代に出た大量のゴミが地球の周りを高速で回っている。
 それらの回収はとてつもなく危険な作業であり、莫大な資金が必要なため、長年放置され続けた結果、地球と月基地の往復に支障をきたすほどになってしまった。月では各国が資源開発競争を繰り広げているが、ゴミが邪魔して地球との行き来が難しい。人々は安全な空間を探す作業に時間をついやし、ゴミのすき間を宇宙航行するしかなくなっている。
 各国政府はこの問題を重くみて、協力して取り組み、宇宙ゴミと認められる物体を月基地に持ち込んだ者には、多額の報奨金を出すことにしたのだった。


「あそこだ。遭難した船か? 頭だけしかない壊れた宇宙船だな。正確な大きさを計算してくれ。この船に積めるだろうか」
 兄が船の速度を弱めながら弟に指示を出す。
「僕は全部積むのは無理だと思う。すぐに解体できそうだけど大きすぎるね。元の大きさはたぶんこの船より大きいよ。国籍は」
 弟は目の前にあるキーをたたいて、目の前に映し出された船体の番号を打ち込む。彼はまだ十六歳だが、こういうことはとても得意だった。
「出てきた。旧アメリカ軍の輸送船、ウインディ号。宇宙ゴミに当たって爆発事故だってさ。十五年前だ」

 兄弟の宇宙船は速度を徐々に落とし、浮遊する壊れた船に追いついた。まずは難破船につきそうように浮遊している細かいゴミを吸い込む。この作業をやっておかないと、自分たちに危険が及ぶ可能性がある。船体付近にある破片たちもすごい速さで動いており、ネジ一本でも刺されば宇宙服に穴が開いてしまう。
 周辺の安全空間を確保し終えると、兄は船を浮遊船に横並びにつけ、数本のワイヤーを打ち込み自分たちの船に固定した。
「よし、乗り込むぞ。船なら細かいゴミを集めるより効率がいい。船体の一部だけでも持って帰ればいい金になる。これでおまえが欲しがっている最新のレーダーが買えるぞ」
 ニコニコしている兄とは対照的に、弟は眉を寄せて窓の外の壊れた船を見ていた。
「ねえ、兄さん。おかしいと思わないか? 軍の船ならどうして船ごと回収していないんだろう。あんな頭だけ残っているなんて、気持ちが悪いよ」
「中に死体でも残っていると思うのか? それはないだろう」
「船長は助かったけど乗務員のほとんどが亡くなったってデータに出ている。あれが幽霊船ってやつ?」
「それがどうした。俺は幽霊なんか信じない。おまえもあれこれ考えるな。あんなのを放置しておけない。あれは危険で有害なゴミだ。このゴミのせいで事故にならないよう、俺たちが回収しているんだぞ。さっさと宇宙服に着替えろ」

 宇宙服に身を包んだ二人は、肘ほどもある大きな金属カッターを片手に、壊れた宇宙船へ飛び移った。ちぎられた船体中央部から中へ入り込む。細身の浮遊船は、中央部が大破し、羽もエンジンらしき部品も見当たらなかった。
 二人は狭い船内を前へ向かって進んだ。
「派手に壊れているな。これで生還したやつは相当運がいい」
「そうだね……」
 気乗りしない弟は腰をひきつつ、ヘッドライトで周囲を確認しつつ歩を進める。間もなく一番奥、操縦席だった部分にたどり着いた。
「兄さん、見て、あそこに何か光る物があるよ」
「なんだこりゃ。俺はこの仕事を初めてもうすぐ十年だが、こんなおみやげは見たことがない」
「これって、もしかして」
 操縦席の上に輝く金。
 大人のこぶし二つ分ほどの大きさがある楕円の物体。それが、兄弟のヘッドライトに照らされ、磨かれたばかりのようにキラキラ光を返してくる。
 トパーズは悲鳴をあげた。
「兄さんっ! この船はあきらめよう。逃げるんだよ、これはたぶん宇宙人の卵だ」
 弟は狭い空間を戻ろうとする。兄が引き留めた。
「待て、落ち着け。なんで宇宙人の卵だって思うんだ? 映画の観すぎだ。これはどう見ても金属だぞ。生き物じゃない。きっとこの船の乗務員が忘れていったお宝だ。持ち帰って金に変えよう」
 動じない兄に、弟は必死に訴える。
「違うよ、宇宙人がその卵に入っているんだ。そのつるっとしたきれいな殻、怪しいと思わない?」
「大丈夫だぞ。ほれ」
 兄は、宇宙服の手袋越しに金の卵を手に取ってなでた。
「見ろ、傷一つない。素晴らしいお宝だ」
 全く危機感のない兄に、弟の声のトーンはさらにあがった。
「触っちゃだめだ! ほんとうに宇宙人の卵だったらどうするの。僕たち、食べられちゃうよ。宇宙人とは関係なかったとしても、そんなもの、未知のウイルスとかついているかもしれないじゃないか」
「だから、積み込んだら他のゴミと一緒にきちんと庫内殺菌消毒する。それはいつもの作業だろう? 何の問題もない。おまえもこの卵を持ってみろ。純金だといいな」
「そんな得体のしれない物に触るのはいやだよ」
「宇宙服まで通り抜けるウイルスがあるとは思えないが、まあそんなことはどうでもいい。この卵は俺が持っていくから、おまえはその辺の物を切って解体してくれ。作業をさっさと済ませて帰ろう。おお?」
 兄は動きを止め、手の上にある卵を見つめた。
「兄さん? どうしたの?」
「いや、なんだか、振動を感じた気がした。おまえが脅かすから、ほんとうに生きている卵を持っている気分になったのさ」
「まさかそれ……やっぱりなんかの卵だよ。未知の生物に決まっている。早くそれを」
 弟が言い終わらないうちに、今度は兄が悲鳴をあげていた。
「だめだ! 逃げろ、トパーズ」
 兄は卵を放り出して逃げようとしたが、落ちていた角材につまずいて、弟の背中を押すような形になってしまい、二人とも床に転がった。
 無重力空間で床に倒れた二人は、跳ね返ってそれぞれに違う方へゆっくりと体が動いて行く。
「おまえは正しかった。あれは宇宙人の卵だ。俺の体温を感じてふ化が始まってしまったらしい。もたもたしていたら喰われるぞ。戻ろう」
 放り出された卵は、狭い船室の壁にぶつかっては角度を変え、二人をかすめるように漂う。
 その間も、卵の表面にはどんどんひびが入り、壁に当たった拍子に殻の一部が剥げ落ちた。二人は浮遊する卵の動きが気になり思うように進めない。重力がない宇宙空間では、下手に床をけって進もうとすれば、とんでもない方向に自分の体が行ってしまう。
「兄さん、危ない、後ろから殻が飛んでくる」
「ちくしょう、なんで今生まれるんだ。こいつ、やはり俺の体温に反応したか。そんな生き物、見たことも聞いたこともない。くそっ、レーザー銃を持ってくるべきだったか。これでも食らえ!」
 兄は金属カッターをかまえ、飛んでくる卵に狙いを定めた。
 空気のない世界で、音もなく黄金の卵が真ん中から二つに割れた。
「やったか」
 兄は舌打ちした。
「ちっ、壊れたのは殻だけか」
 卵中から飛び出してきたのは、白っぽくて小さな生き物。羽はないようで、爬虫類のような顔つき。大昔地球にいたとされる恐竜のどれかに似ていた。
 小さい恐竜はその場に静止すると、大きく口を開いて二人をにらみつけてきた。
「恐竜型宇宙人のお出ましときた。こいつ、空気がないところでも平気なようだな。生まれたてのくせに宇宙遊泳もできるらしい。いかにも獰猛そうな面だ。トパーズ、こいつは俺にまかせて、おまえは先に船に戻って緊急事態発生のサインを出せ」
「でもそれでは兄さんが」
「いいからさっさと行け。おまえをこんなところで死なせたら――お?」
 恐竜の口がさらに大きく開いた。兄は身構えたが、恐竜は動かず、開いた口から光が飛び出して広がった。
 光は徐々に人の形になっていく。
「兄さん、これって」
「映像だ。恐竜の口から映像が出されている。これは生き物じゃないのか」


 人の形をした光は、やがて、軍服らしき服を着た中年男性の姿になった。
 映像の男性が、兄弟の宇宙服に内蔵された通信回路を通して英語で話しかけてきた。
『我がウインディ号へようこそ。私は船長のミルバーユ。この船にたどりついたあなた方に敬意を表す』
 兄が弟にささやいた。
「こいつが船長だと?」
「船長の名前までは見ていないけど、事故の生き残りのはずだよ。今も生きているのかどうかは知らない」
 まやかしの男性は戸惑う兄弟に関係なく話を続ける。
『我が船で多くの犠牲者が出たことを忘れぬため、私は船の残骸をモチーフにした作品を作って宇宙に浮かべた。遭難宇宙船そっくりのこのレプリカは、多くの人の心を揺さぶることだろう。この映像に収められている在りし日の同士たちに会って行ってくれ。そして、事故のことを後世まで語り継いでくれ。この船で命を失った彼らのことを決して忘れてはならない。それがこんなものを作ってまで叶えたかった私の望みだ』
 船長の映像は消え、今度は船員らしき人の姿が映し出された。

 映像の人物は数秒ごとに変わっていく。若い女からベテランに見える年配の整備士っぽい男まで、さまざまな人が映し出されては消えていく。笑顔、話している場面、正面、仕事中の横顔など。どれもが生活のひとこまであり、この映像が撮影されている時点では、彼らは事故死するとは思ってもいなかったに違いない。
 

 やがて、宙を飛んでいた恐竜は口を閉じ、映像は消えた。
「兄さん、終わったみたいだね。あっ!」
 突然、恐竜の周りには、切られた金色の殻が自動的に集まり始めた。
「驚いた、兄さん、こいつ、修復機能が働いているよ」
 兄弟は不思議な光景を見守る。
 恐竜の姿は次々と集まる金色の殻に覆われて見えなくなっていく。
 そして、数分後には、その場には元どおりの金の卵が残されていた。

 二人は肩の力を抜いて、顔の前に構えていた金属カッターを下ろした。
「トパーズ、大丈夫か? 俺は心臓がまだドキドキしている。すごいものを見たな。この卵は昔の物にしては高い技術で作られている。自動修復作業のプログラムだけではなく、金属吸着装置と立体映像装置も内蔵か。解体して調べてみたいところだが」
「それはここに置いておかなきゃ。もう僕たちの船へ帰ろうよ」
「そうだな。ここに宝はなかった。これは解体してはいけないものだ」
 兄は操縦席の上に金の卵を置いた。また反応しないよう、今度はすぐに手を離す。
「この船の残骸が全部レプリカだったと? 笑わせてくれる。とりあえず、月基地へいったん戻るとするか。疲れた」


 月基地内の地下温泉施設。
 酒が入った兄は湯船の中ですっかり酔いが回り、弟に不満をぶつけていた。
「なあ、トパーズ、おまえは腹が立たないのか? あんな手の込んだいたずらはないだろう。事故にあった船そっくりの巨大レプリカを作って、触ると体温に反応する卵を置いておくなんて犯罪だ。あの卵のせいで俺は十年以上も寿命が縮んだ。あれは最初から俺たちをひっかけるつもりの罠だったんだ。レプリカをわざと漂流させているなら、そういう情報をきちんと出しておくべきだろうに。しかもリアルに出来すぎている。あれはどう見ても本物の事故船だ」
「僕も最初は、どうして他の同業者が回収していないんだろうって思ったよ。あんないいゴミはなかなか見つからない。あれは、いたずらでも罠でもなくて、遭難した船をかたどった慰霊碑だったんだ」
「なんでもいいけどな、おかげで、あのレプリカまでの往復燃料代が無駄になったんだぞ。これではいつまでたっても最新レーダーが買えない」
「またいいゴミを探そうよ。ねえ、兄さん」
「ん?」
「それでも僕はあの船へ行けてよかったと思っている」
「どうしてだ。あんなクソむかつく偽宇宙船、俺は本気で怖いと思ったのに」
「僕も怖かった。でも、あの船は大切なことを教えてくれた」
「金色の卵には気を付けようってことか?」
 兄が冗談めかして言うと、弟は笑いながら否定した。
「あはは、違うよ。あの卵はね、僕たちにはまだ船も命もあるってことをわからせてくれたんだよ。そう思わない?」
 兄は酔った赤い目をこすって弟を見ると、その頭をやさしくなでた。
「そうか、おまえの言う通りだ。おまえは賢いな。俺たちは生きていて、こうして温泉につかっている。今も生きているから身体が幸せを感じることができる。まだ命がある以上、まだまだできることはたくさんあるな。明日からまた頑張ろうか、トパーズ」


        了

この作品はゆるゆるSF企画参加作品です。  ホーム