菜宮雪の空想箱

妄想物語3


※この作品はよそ様のキャラをお借りしています。残虐描写注意
出演:男性役ツバメさん 女性役ニメさん 

          「包丁で首を」


 ピンポーン、と呼び出しのチャイムが鳴った。エプロン姿のニメは戸口へ急いだ。玄関扉の外には、男性が一人。
「あ、ツバメ君。あれ? 他の人たちは一緒じゃなかったの?」
「それがさ、みんなインフルエンザだってさ。男は俺ひとりだ」
「な〜んだ。それなら、あんなにたくさん材料買って来なくてもよかったかな。みんな、ダウンしたならさっさと連絡くれればいいのに。A君も、B君も、丈夫そうなC君まで寝込んでいるなんて思わなかった。まあ、上がってよ。ツバメ君は、大丈夫なの?」
「まあな。俺は元気だぜ」
 ツバメは靴を脱いで上がりこみながら、案内された室内を見回した。
「誰も来ていないのか?」
「D子ちゃんね、バイトで遅くなるから、後で来るって」
「ふうん……」
 ツバメは意味ありげに唇を横にひいて、ニヤリと笑ったが、ニメは知らなかった。
「そうすると、今日の鍋パーティーは、ツバメ君とあたしと、D子ちゃんの三人かぁ。さびしいな。お肉も白菜もこんなにいらないね。冷蔵庫にしまっておく」
 ニメは台所の調理台の上に出されていた、鍋料理の材料たちを整理し始めた。ツバメは、その姿を後ろから立ったまま眺め、手にしていた紙袋から、布にしっかりとくるんであった包丁を取り出した。
 ツバメは、その布をゆっくりとほどいた。よく手入れされた長めの包丁が彼の手の中でキラリと光を反射させる。ツバメの声のない笑いには、ニメは全く気がつかず、冷蔵庫へ材料を突っ込んでいた。
「ニメちゃん、でかい皿ってないか?」
「何を乗せるの? 今日は三人だからそんなに――」
 振り返ったニメは息を飲んだ。ツバメが、すぐ後ろまで来ており、その手には包丁が握られている。
「ツ、ツバメ君?」
 ツバメは薄笑いを浮かべていた。その薄い唇の両端から、尖った八重歯が覗く。
「ねえ、ツバメ君、その包丁何に――」
 ツバメは最後まで言わせず、ニメの顔のすぐ前で、包丁をブラブラさせた。
「ククク……ニメちゃん。皿を出してくれって言っているだろう? 首を乗せるための皿さ。大きいやつないかい? ないならプラスチックの盆を洗って使ってもいいぜ。生首が乗るんだからな。それなりの大きさがないと」
 ツバメは、包丁をちらつかせながら目を細めた。
「首って……ちょっと、ツバメ君」
 ニメは恐怖の表情を浮かべて後ずさる。ツバメは、包丁をニメに向けたまま、ゆっくりと近づく。
「いや……来ないで」
 ニメの背中が流し台に当たった。それ以上は下がれない。ツバメは、距離をさらに詰めて来る。
「ふっ、ニメちゃん、他のやつらがインフルエンザなんてうそっぱちだぜ。俺が明日に予定変更になったって、連絡しておいたから。待っていてもD子も来ないぜ。つまり、俺とニメちゃんは、今夜ずっと二人きりだってことさ」
「え……どうしてそんなことを言うの」
 ニメは瞬きを頻繁にくりかえし、ツバメの顔を見上げた。恐怖で詰めた空気が、ニメの唇から、わななくように漏れる。
「ツ……ツバメ君って、どうして」
「決まっているじゃないか。ククク、ニメちゃんのそんな顔、たまらないぜ。この俺の包丁が怖いか。怖くないだろう? よく切れるように研いできた。中途半端な切り方にならないようにな」
 ツバメは、ニメの顎に手をかけた。ニメは大きく目を開き、首を小刻みに振って、横へ逃げた。
「やめて。あたしを殺すつもり? 冗談でしょ。みんな来ないなら今日は帰ってよ」
 ニメは勇気を振り絞って、やっとそう言った。ニメの全身から汗が吹き出しているのを見ても、ツバメは不気味に微笑んでいる。
「ニメちゃんはそういう顔もかわいいな。このままでは帰れないんだ。俺の目的はまた達成されていないからな。さあ、流血ショーの始まりだ」


 室内は甲高い悲鳴に満たされた。
「イヤよ! イヤァァァ! こんな酷いこと」
「俺の趣味さ。ニメちゃんもきっといい気持ちになれるはずだぜ。喜んでほしくてやっているんだ」
「あたしはこんなの――ああっ!」
 流し台付近には、血が飛び散った。ぽつぽつと赤い点になった血液。ひきずり出された内臓。この世から魂を切り離される肉体が、ぴくぴくと最期の痙攣を繰り返した。


「完成だ」
 ツバメは満足そうに、出来上がった作品を眺めた。大皿の上には生首がたてられて乗っている。命を絶たれたその目は、恐怖で見開かれたまま、恨めしげに室内を映していた。
「さ、食うか。極上ヒラメの刺身」
 ツバメは皿に箸を伸ばした。ニメもそれにならう。
「こりこりするね。おいしい」
「そうだろう? 俺は一応魚屋の息子だからな。生き造りならまかせておけって」
「市販のお刺身よりもおいしいね。料理は見てて怖かったけど、この並べ方なんて、料亭に出てくる船盛りみたい」
 コリコリ……
 二人はうっとりとその食感を味わっていた。顎を動かすのも力を入れないとだめだ。今さばいたばかりの、新鮮な刺身。
 コリコリ……
「ちょっと、やだっ。ツバメ君ったら、いきなりなにするのよ」
 ツバメはニメの耳たぶを唇でコリコリした。突然のことに、ニメは首まで赤くなった。ツバメはかまわず続ける。
 コリコリ……
「ニメちゃん、この感触に似ているだろう?」
 ツバメは軽く歯をたてる。
「あんっ、ツバメ君、やめてって、っん……」
 ツバメは逃げようとするニメの頭をつかまえ、耳元でささやいた。
「今夜は逃がさないぜ。ニメ、俺、おまえと――」
 二人きりの夜は、刺身にされたヒラメの首に見守られながら始まった。





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