菜宮雪の空想箱
妄想物語1
「ケーキをどうぞ」
「あなた、お誕生日おめでとう。あ〜ん……」
妻は、夫の口先に、フォークで刺したケーキを突き出した。夫は口を結んだまま、何も言わず、妻の瞳を見つめ続ける。夫はほんのり赤い目になり、今にも泣きそうだった。
「どうしたの? 口開いてよ。おいしいケーキよ。あ〜ん」
「……」
「早く食べて。せっかく私が作ったのに。何時間もかかったんだからね。あ〜ん!」
黙っている夫に、妻の言い方はきつくなった。
「何よ! どうしても食べてもらうわよ」
妻はいったんケーキを皿に戻すと、夫の口を、フォークで無理やりこじ開けた。フォークがかすめ、がちん、と歯に当たる。いらない、と首を振って抵抗する夫の唇が少し切れた。
「たっ、助けてくれ! かんべんしてくれぇー」
夫は、プッとフォークを吐き出し、席を立とうとした。妻はそんな夫の肩をがしっとつかみ、むりやり座らせ、ケーキを素手でわしづかみにすると、夫の、わずかに開いた口へ、それを押しつけた。口のまわりや頬に、生クリームがぬりたくられる。
「ぐっ!」
夫は目を白黒させて、食卓の椅子から転げ落ちた。
「あなた、やっと食べてくれたのね。うれしいわ。おいしいでしょ。あなたの為に作った特製の毒入りなの」
妻は床に転がった夫を見下ろした。その時、奥の部屋で物音がして、クローゼットに隠れていた若い男が現れた。
「殺したのか?」
「生きているわ。殺すなんてとんでもない。少ししびれて眠っているだけよ」
「よくやった。これで邪魔者はいなくなる。こいつは放っておいて、二人きりで楽しもうぜ」
男は彼女の肩を抱きよせ、寝室へ連れて行った。
「待ちきれなかったんでしょ? これを夫に見つからなくてよかった」
二人は、寝室のベッドの下に隠しておいた、市販のケーキを取り出した。
「さあ、食べようね。あ〜ん……」
了
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