菜宮雪の空想箱

満天の星 (この文章は、2009/4/24にブログに掲載した記事を少しだけ改編したものです

 
 久しぶりに、なつかしい新婚旅行の写真をひっぱり出して見ると、忘れかけていた記憶が呼び覚まされた。旅先で見た、満天の星の記憶。私の唯一の海外旅行で出会った、星空の思い出。

 満天の星……人は一生のうちで、何度これを見ることができるだろう。

 暗い空一面を覆い尽くす星たち。天気のいい日でも、どこかに雲がかかり、ポツリポツリと明るいものだけが見えている空が普通だと思う。その隙間が狭まり、どこもかしこも星だらけの空。

 私の記憶では、そんな空は、子どもの頃に三重の実家から見上げた空しかない。ある日の空が星でぎっしり詰まり、星はあんなにたくさん見えるものなのだと、子どもなりに感動したものだ。田舎の実家でもあれほど多くの星が見えることはまれで、今でもあの星空は忘れられない。オリオン座がはっきり見えていて、オリオン大星雲もあそこにあると肉眼でもわかった。ちょうど、プラネタリウムで、星座のことを少し覚えた小学生ぐらいだったと思う。
 
 それから月日が過ぎ、私は大人になった。星とは全く関係ない日常生活を送り、空は、明るくても、雲があっても、絶えず輝く星で埋め尽くされていることはすっかり忘れていた。久しぶりに出した旅の写真を見て、実家以外で見た満天の星たちのことを思い出した。

 旅先で見た「満天の星」とは、ニュージーランドの洞窟で見た、ツチボタルの青い光のことだ。真っ暗な洞窟の中で、うすく青い光を発する虫。それが洞窟の天井いっぱいにくっついており(ぶらさがっている、という方が正しいかもしれない)こんな世界が本当にあるのかと思うほど幻想的な空間をつくっていた。

 洞窟内を流れる川に、浮かべられた船に乗り、ツチボタルの生息場所へ。多くの観光客を受け入れるためか、洞窟内の空気はよどんでいた。

 神聖な世界に、いきなり入りこんでしまったような感覚になり、息をするのも申し訳なく感じた。光のない洞窟の中で、ほのかな青を発して生きているツチボタルたち。虫を脅かさないために、感嘆の声を上げるどころか、おしゃべりは禁止。パシャリ、パシャリと水の音だけが響く。もちろん、写真撮影もできない。息をひそめて、ゆっくりと動いて行く小船の上から天井を見上げる。

 星、星、星……ため息がもれそうになるほどの美しさだった。ツチボタルを自分で撮った写真は、一枚もないが、そこの観光記念に、ハガキに加工してある写真をもらった。


 旅行のアルバムに収めてあった、虫が作った「満天の星」の写真。かなわぬ夢かもしれないが、あれをもう一度見たい。ニュージーランドへの旅は、私の初めての海外旅行で、体調はよくはなかったが、それでもすばらしいものに出会えた気持ちは、何年か経た今でも変わらない。

 空いっぱいの星々。それぞれが思い思いの明るさで、自己の存在を示すかのように輝いている。あの時、虫につくりだされた満天の星の下で、幼い頃の星空の記憶が脳内に蘇っていた。
 

 天気のいい日には夜空を見上げてみようか……そんな思いを抱きながら、私はなつかしいアルバムをしまった。  (了)


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