おふざけ二次創作集

8.バキュームな目覚め(白雪姫)

※この作品は、「小説家になろう」サイトさんに投稿していた作品を多少手直ししたものです。投稿先でいただいた感想などはこちらへ保存しました。初出2009年1月。




「下にぃ〜、下にぃ〜」
 大名行列が通って行きます。ぞろぞろと進んでいく行列の真ん中辺りに、殿様の乗ったかごがありました。そこへ先頭を歩いていた旗持ちの家来が、飛ぶようにやってきました。
「殿、前方の森の中に、なにやら怪しげな女がいるとの情報が入りました。私が、この目で確認しましたが、どうやら異国の女のようでございます。いかがいたしましょうか」
 かごの中の殿様は、なんだ、といったん行列を止めさせ、出てきました。殿様はまだ若い二十代後半に見える男性です。
「怪しげな女とは何事ぞ。行列の前を横切るような無礼者は斬り捨てよ」
「横切ったわけではございません。その女の様子がおかしいのでございます。その供の者も普通ではなく――」
 家来の報告に、殿様は、自分の目で確かめることにしました。そこは、小さな集落を過ぎ、民家のない森林地帯への入口にあたる場所でした。殿様は、その場に大半の家来を休ませておき、数人の家来とともに、怪しい女の元へ向かいました。
 
 女は、森に入ってすぐの、道の脇で眠っていました。
「怪しい女、とはこれのことか」
 道沿いにある大きな木の下の、地面に敷かれた毛布の上には、白い服を着た、まだ若い女があおむけになって目を閉じています。
 真っ白な服。死に装束にしては派手で、細い糸を編んだような房飾りが多数ついており、腰から下の生地が膨らんだ、見たこともないような形の着物を身につけています。頭には、三角巾のようなものをかぶっていますが、三角巾ではなく、かぶりものの丈は長く、薄く透けた生地に、あさがおの花の模様に似た、大きな地模様があります。明かに異国の生地。
 そして、殿様が驚いたのは、女の髪色。日が当たれば、白髪かと見間違えるほどの、それは明るい黄金色でした。
「なんだ、この変な女は。確かに異国の女だな。どこから来た」
 怪しい女は返事をしません。ぐっすりと眠ったままです。女の傍には、茶色のおそろいの服を着た家来が七人付いています。
 声をかけても女が起きないので、殿様は、女を守るようにしゃがんでいた7人に同じ問いをしようとしましたが、その者たちをしっかり見たら、思わず違う言葉が口から出てしまいました。
「誰か、ゴキブリ団子を持ってまいれ!」
 その言葉に、女を守っていた者たちは、むっ! と反応し、殿様をにらみつけました。その者たちは皆、しゃがんでいるわけではなかったのです。彼らの背丈は成人男性の太ももほどしかなく、しゃがんでいるように見えただけでした。みんな、背中の割れた茶色いマント姿。帽子も茶色で、それには触覚のような細い角飾りが二本ついていたので、殿様は、大きなゴキブリがわいている、と思ってしまったのです。
 ゴキブリに似た服を着た者たちは、殿様を見て、口ぐちに叫びました。
「ゴキブリじゃない! お姫様が大変なんだ。王子様を連れてきてよ」
 殿様は、まぶたをぱちぱちと何度も動かしました。この異常に小さな男たち、というか、たぶん男だろうと思われる人間たちが、言っている意味がよくわかりません。
「おうじとは何ぞ? このゴキブリ軍はどこの藩の者だ」
 殿様の問いに、ゴキブリ人間の隊長らしき丸顔の男が、前へ出てきて言いました。
「てめえ、王子も知らねえのか? 姫を目覚めさせるのは王子と決まっているだろうが、このボケェ。おい、王子はどこにいる。わざわざ遠い国から姫を連れて来てやったんだ。王子の居場所を教えろよ」
 横柄な物言いに、殿様は、まゆをつりあげて、真っ赤になりました。しかも、このゴキブリの隊長は、殿様が大嫌いだったある男の顔に似ていました。残酷そうな薄い唇や、肉つきのない鼻筋などがそっくりだったのです。それがよけいに怒りを呼び、殿様はあまりのことに、ただでも大きめの鼻の穴が広がってしまいました。
「おうじとは、何のことかわからぬ、と言っておるではないか。失礼な異国人など、手討ちにしてやる」
 殿様は、腰につけていた刀のつかに手をかけました。その様子に、ゴキブリ人間たちは、これはまずい、と思ったらしく、横柄な言い方をした隊長の口を押さえ、慌てて後方へひっこめました。隊長のゴキブリ人間は、不服そうに、自分をつかんだ同士をにらみつけました。
「隊長、我慢してください。そうでないと殺されます。私たちがここまで来た意味がありません。姫様の為です」
 隊長は、それでもまだ、ぎゅうぎゅう言っていましたが、他の者におさえこまれてとりあえずおとなしくなりました。今度は、隊長とは別のゴキブリ人間が、前に進み出て言いました。
「大変失礼しました。王子様とは、国の王様の子息のことです。お告げによると、私たちの姫を目覚めさせることができるのは、この国の王子だけらしいので、海を渡ってここへ連れて来ました。王子のいる城はどこにあるのか、教えていただけませんか」
 あっけにとられた殿様でしたが、ペコペコと頭をさげられて、少し気を取り直しました。
「城はたくさんあるが……つまりは、王子とは、城主の息子のことか? それなら自分がそうだが」
 ゴキブリ人間たちは、パッと目を輝かせました。
「わーい! 王子様が見つかった! 白い馬に乗ってないけど、まあいいや」
 小さな人々は、大喜びで手を取りあい、輪になってその場で踊り始めました。
 殿様は眉をひそめました。
「……おい、何を喜んでおるのだ。お前たちが守っている女は眠ったままだぞ」
「ささ、王子様、どうぞ、姫さまに、アレをお願いします」
「アレとは?」
「アレ、と言ったらアレですよ」
 小人たちは、ポウッと頬を染めました。やはり意味がわからない殿様は、もう一度同じことをたずねました。
「ですからっ、その……姫様に近づいて、姫様の唇に……ああっ、そんな恥ずかしいこと言わせないでください」
 踊っていた一人が、自分の口先を尖らせて、音をたてて見せました。そして、どうぞ、どうぞ、早く、と殿様をうながします。
 殿様は、また眉根を寄せました。
「この女に接吻せよ、と申すか。どうしてだ」
「そういう決まりですから。王子様は、お姫様を目覚めさせて、結婚する運命なのです。姫様のお召しになっているこれは、結婚用の衣装でございます」
「なぬっ? この女と自分が婚礼? 異国の女など興味はない。くだらぬことで行列の足を止めてしまった。戻るぞ」
 殿様は、眠る女にくるりと背と向け、家来を従えて戻ろうとしました。喜んでいた七人の小人たちは、踊りをやめ、顔色を変えて、殿様の足に次々に飛びつきました。
「お待ちください。まだ姫様が目覚めてないから、決まり通りにやっていただかないと困ります」
 とりすがる小人たち。かわいい手が、しっかりと足にまとわりつき、これでは殿様は歩けません。
「ええいっ、放せ! 放さぬか!」
「ひぃぃ、王子様どうか、お静まりください」
 ゴキブリのようなこの人たちは、殿様にしぶとくしがみついています。全員を斬り捨てるのも後味が悪いので、殿様は仕方なく、アレをすることにしました。
「わかったから、放せ」
 小人たちは、パッと放してくれました。殿様は、眠る女に顔を寄せ、軽く唇を重ね合わせました。
「これでよいだろう。おまえたちの言う通りにしてやったぞ。死人のような女に接吻しても、おもしろくもなんともない。つまらぬ」
「お、お待ちください。もう一度、お願いします」
「んん? もう嫌だ。この女を起こしたいなら、おまえたちで冷水でもかければよかろう」
「そういうわけにはいかないのです。王子様が姫を目覚めさせることで姫様の呪いがとける、と本に書いてあるのですから」
「異国の本など知らぬ」
「そんなー」
 小人たちは、再び殿様にとりつきました。
「むうぅ、何をする」
「姫様が目覚めなかったので、どうかもう一度アレをしてください」
「しつこいわ」
 殿様は、しがみついている小人たちを振り落とそうと、体をブンブンと左右に振りましたが、小人たちは、そうはさせるか、と必死で、放してくれません。
「放せー! このっ、殺すぞ!」
「あひぃー、王子様、お願いでございますから、もう一度」
「いいかげんにしてくれ。うるさいやつらめ。それなら、俺がその女に水をぶっかけてやろう。それで目が覚めれば、文句はないな?」
「はい。姫様がお目覚めになれば、それでいいのでございます」 
 小人たちは、笑顔になって殿様から手を放しました。殿様は自分の家来に水を持って来させました。眠っている女に近づき、その顔に、桶に入れられた水を、ジョボジョボ……

 季節は冬の入口でした。持って来られた水は凍っているわけではありませんでしたが、それは近くを流れる川の水で、どう考えても冷たいに決まっています。どんなにぐっすり眠っていても、気がつかないはずはありません。額や鼻の頭、それに頬へと、落とされた水が、髪の中へ流れて行きます。ところが、異国の女は眉ひとつ動かさず、穏やかな寝息をたてています。
「ええい、これでも目が覚めぬなら、これならどうだ! それいっ!」
 殿様は、次々に水を運ばせて、とうとう女の全身をずぶぬれにしてしまいました。小人たちは、姫を目覚めさせるためなら多少のことは仕方がないと、殿様のやることを黙って見ていました。
「どうだ。起きないか?」
 五回ほど水かけをやった殿様は、かがんで女を覗き込みました。全身に水をかけられ、真っ白な花嫁衣装のドレスは、ピタリと体に密着し、その下にある体の線をはっきりと示しています。胸に浮き出た、ピンクの頂上のある二つの丸い山。殿様は、ぬれそぼった、異国の女のなまめかしい姿に、ゴクリ、と唾を飲み込みました。
「気が変わったぞ。この女を城へ連れて帰ることにする」
 小人たちが喜ぶかと思ったら、それは間違いでした。小人たちは、皆、首を横に振りました。
「それはだめです」
「どういうことだ。この女は、俺が娶ることに決まっておると、さっきおまえたちが言ったのだぞ」
「あの……申し上げにくいのですが、姫様がお目覚めにならなかったのならば、残念ながら、あなた様は私たちの探している王子様ではなかった、ということです。私たちは次の王子様が通るまで、ここで待たなければなりません。本当のお相手になる王子様が来るまでずっと」
 殿様は、太いまゆげをぴくりと動かしました。
「おい……おまえたちが、アレしろ、と言うからしてやったのになんだ。この女は俺のものだ。俺の城へ連れていくぞ。俺はおまえたちの言うとおりにした。だから、今度は俺の言うことを聞いてもらう。文句はなかろう」
 殿様の強い口調に、小人たちは、どうしよう……とお互いに顔を見合わせました。殿様に逆らえば、みんな殺されてしまうかもしれません。
 殿様は小人たちの困り顔も気にせず、命令しました。
「この女を運んで、かごに乗せろ」
 それを聞いた小人の隊長が、殿様の前に立ちはだかりました。それは、さきほど失礼な口をきいた小人で、今回もふんぞりかえって、無礼極まりない言い方をしました。
「てめえがちゃんと起こせば姫はくれてやる。それが嫁入りの条件だ。姫を目覚めさせることもできねえくせに、偉そうに、『俺の言うことを聞け』だと? 無能のてめえなんかに用はない。とっとと失せやがれ、くそやろう」
「なんだとぉ、この無礼者。もう許さん。そのふざけた面で、二度と俺を笑ることができないようにしてやる!」
 殿様は腰につけていた刀を抜きました。
 とりゃあぁ、という掛声と共に、振り回された刀は小人たちをばさばさ斬り、後には彼らが身につけていた、茶色い服だけが残されました。服には中身はありませんでした。殿様に斬られて、人間だけが消えてしまったようです。殿様は不思議に思いましたが、これで邪魔者はいなくなったので、ゴキブリ人間たちの謎は気にせずに、眠ったままの異国の女をかごへ乗せるように命じました。


 殿様は、自分の城へ帰ると、異国の女を自分の寝室にしている部屋に運ばせました。女は、城の下働きの手によって、長じゅばん姿に着替え済みです。
「うむ。こうしてじっくりと見ると、なかなか美しい女ではないか。気に入ったぞ。いい拾いものをした。どれ、目覚めさせてやろう」
 殿様は、女の頬をなでると、唇をそっと重ねました。しかし、女が目覚める様子はありません。そこで、殿様は、手のひらで女の口と鼻を押さえました。そのままでしばらく様子を見てから、再び手をどけて、呼吸させます。呼吸が苦しくなれば、目覚めるかもしれないと思ったのです。殿様はそれを数回繰り返しました。呼吸をさまたげられた女は、わずかに体をよじったものの、目を覚ますことはありませんでした。
「絶対に目覚めさせてやる。やはり接吻でないと目覚めぬか。それなら、もっと強く――」
 殿様は、大きく息を吐くと、思いきり女の唇を吸いました。
「むうぅぅ……だめか。もう一度だ。うんん……」
 数回吸うのをやった後、女の顔を見下ろすと、その唇はすでに赤く腫れ上がっていました。それでも殿様はあきらめませんでした。殿様の顔も真っ赤になってきました。
「んむむむ……」
 
 やがて、殿様の眼尻に喜びのしわが入りました。
「おお!」
 努力の甲斐あって、女はついに目を開きました。
 彼女の瞳の色は、異国人にありがちな青ではなく、殿様と同じような黒でした。金色の髪と眉に、黒い瞳。ぱっちりとした二重瞼で、とても澄んだ美しい瞳が殿様を見上げています。
「よくぞ目覚めた。そなたの名は何と言う」
 目覚めた女は、殿様の問いには答えず、覆いかぶさっていた殿様をいきなり蹴り飛ばしました。
 ひざ蹴りが殿様の股間に入り、殿様は顔をしかめて急所をおさえて、床に転がりました。
「くっ、このっ、なにをする、無礼者!」
 殿様は、苦痛で背中を丸めながら、女をにらみつけました。女は殿様に負けないほど険しい顔で、ゆっくりと上半身を起こしました。


「いいかげんにしてよね! また王様にでもなって、いばっている夢でも見たんでしょ。見てよ、これ。さっき夢の中で暴れていたわね。いやって言っているのに殴ってくるし、何度もキスしてきて。痛いじゃないの」
 女は、殿様の顔の前に両腕を突き出しました。そこには、殴られたようなあざが、赤黒くなって数個ついていました。女は、驚いて瞬きを繰り返す殿様に、次々と言葉を浴びせました。
「夢の中で、また部長さんを殴ったの? それとも殺したの? 今日はどこの国の王様役? あなたは夢の中でしかいばれないかわいそうな人だから、ある程度は大目に見てきたけど、もうがまんできないわ。今日という今日は、病院へ行ってもらうわよ。いいわね?」
 金髪に染めた髪を振り乱し、唇を腫らし、目を吊り上げた妻の恐ろしい形相に、殿様、いいえ、自分が殿様になった夢を見ていた夫は、小さな声で「はい……」と返事をしました。
 蹴られた股間をおさえ、痛みで涙があふれそうな目をしながら、妻に心から謝罪したのでありました。


  (おしまい)  


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