菜宮雪の空想箱

10.

 自宅へ戻った友香は、自室のパソコンを使って付近の池を検索した。
「明日かぁ……もっと早く言ってくれればいいのに。あたし、明日は普通に仕事あるんだけど」
 仕事、という言葉はきっと河童には理解できないだろう。

 河童が何匹も住むなら、浅すぎてはいけない。それでいて水がきれいなところ。アリマセたちを他の池へ持ち込むことで、生態系がくずれてしまわないかと心配になるが、彼らを放っておくのはかわいそうだと思う。
 あれこれ調べて、行く先は、県境の山間にある小さなダム湖に決定。車で二十分も走れば到着できそうだ。家の車を使用し、彼らを入れるのは大きいビニール袋を用意すればいい。町のゴミ用の袋。あれに半分ぐらい水を張って、口をゴムでしっかりしばれば、移動の時間、河童たちはがまんできるだろう。
 河童移住計画を練り終わった時には、深夜になっていた。


 翌日、友香は、仕事で遅くなるからと嘘を言い、親の車を借りて出勤した。帰りは少し残業して退社時間を延ばし、そのままの足で暗くなった公園駐車場へ入った。
 児童公園に隣接し、二十台ほどのスペースがある駐車場は、池の土手の向こうへ下った先にある自宅からは見えない位置にあった。ここなら家族に見つかることもないだろう。
 児童公園のすぐ横には人口的に作られたビオトープがあり、そこから木道交じりの遊歩道が池へ向かってのびて、友香がアリマセとよく合う場所へつながっている。

 午後八時。
 児童が遊ぶ時間でもなく、いい具合に他に停まっている車はない。
 車を降りた友香は、日が落ちてすっかり暗くなった公園池へ歩いて向かった。

「アリマセ君」
 池のふちの木道の上から、小さめの声で呼びかける。
「あんたの命令どおりに車で来たんだけど」
 まだ付近に来ていないのか。
「もしかして、みんな、すでに死んじゃった?」
 立ち止まって待っていると、ジョギングの若い男性が通り過ぎて行った。一瞬、ぎくりとする。今日は雨が降っていないから、夜でも普通に散歩している人もいるわけで。アリマセたちをぞろぞろ連れて歩いているところを見られでもしたら面倒だ。
 男性が遠くまで離れるのを確かめて、再度、友の名を呼ぶ。
 返事はなく、水面の揺らめきもない。
「出てこないんなら帰るよ。女一人での夜の公園は危険な場所なんだから」
 街灯はあるがすべてが照らされて明るいわけではない。暗い茂みもあり、変質者がいないとも限らない。
 何度呼んでもアリマセは出てこない。
 不安は増大する。
「本当に、本当に、あたし、帰るからね。いつまでもこんなところにいられないから。じゃあね、バイバイ。なによ、もう。あんた、また嘘ついたんだね。あたし、あんたの友達やめる。二度とここに来ない」
 池に背を向けて、駐車場へ向かって早足で歩き出す。
 ばかばかしい。遅くまで調べ物をして、車まで用意したというのに。どうしてこんなことに振り回されなければいけないのだろう。
 アリマセの言うことは、すべて嘘だったのかもしれない。
 人に触れられると急激に大きくなると彼が以前言ったことも結局は嘘だった。河童とは嘘を楽しむ生き物だと頭で理解したつもりでも、今回のすっぽかしは、さすがにこたえる。
 遅くなる、と親に言った手前、すぐに自宅へ帰るわけにはいかない。どこかで時間つぶしをしてから帰ろうと思いながら車にエンジンをかけた。



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